9月からのT高校での就業を前にして集合研修が行われました。そこで「情報教育を通して育成される理想の人間像とは?」というテーマでレポートを書くことを求められました。疲れが溜まっているためか論旨がはっきりしない文章になってしまいました。ご意見をお寄せください。
情報機器が普及する前の「情報」はほとんどが紙という媒体に載ったものでした。新聞しかり、百科事典しかり、個人の情報も紙でスクラップされることがほとんどでした。それがパソコンの普及により紙の情報からパソコン上のファイルへと情報の主体がどんどん変化しています。今や写真のアルバム、音楽のライブラリーまでがパソコンに保存できるようになってきました。従来、インテリのイメージというと書斎に多くの書籍と資料を保管しているイメージが一般的でした。それがパソコンの普及によって徐々にイメージに変化が起こりつつあります。
ハードディスクの容量は飛躍的に大きくなっており、莫大な情報も小さなハードディスクに保存できるようになっています。10年前はパソコンといえばワープロと表計算のみに限られていましたが今やデータベースソフト、プレゼンテーションソフト、翻訳ソフト、ホームページ作成ソフト、画像処理ソフト、音楽作成ソフト、インターネットブラウザ、メールソフトなどなどパソコンでできることは無限に増えつつあります。またLANをとおして、インターネットをとおして様々なファイルを入手する機会も飛躍的に増えていますのでそれらの整理がますます大切になってきています。
日本においてはパソコンと言えばワードとエクセルが必須のソフトのように宣伝されています。エクセルは本来計算のためのアプリケーションなのですがワードの罫線の使いにくさからワープロとして使っている人を多く見かけます。ワードはバージョンによって違いがあるにも関わらずメールに添付する人があとをたちません。ワープロはあくまで紙に印刷することを前提としており、インターネットがこれだけ普及している今、紙を無駄に使う古い媒体になりつつあります。それに比べてウェブページは印刷を前提としない環境にやさしいページで何より機種を選ばないという特徴をもっています。こういうウェブページをエディタを使って簡単に作るような技術こそがこれからますます大切になってくると思います。またそれらをより効率よく入力するためのフリーのツールがネット上には多く存在しています。
インターネットが普及しだして10年。おそらくこの10年の変化というのは過去のどの時代の変化より大きなものがあったことが後世に認識されることと思います。過去のあらゆる知識や経験が10年間の間にほぼサイバー空間へのコピーを終えたのです。今やネットで調べられないことと言えば企業や政府の機密情報くらいでほとんどの情報がほとんど瞬時にとりだせるようになっています。もうこれからは従来のような記憶型の教育はあまり意味をなさなくなることでしょう。それよりも自分の知りたい情報を瞬時に引き出す能力こそがますます重要になってくると思われます。
インターネット上には有用なページのみならず社会的にふさわしくないページも多く存在しています。偏った歴史観を主張するページも多く存在します。何が真実で何が真実ではないかを峻別する能力こそがますます問われるようになってきます。そういった能力を小さいときから育てることがこれからますます重要となってきます。これからの情報教育の核はまさにこの部分であると思います。
インターネットは多くの人との出会いを提供します。調べたいことがあってたまたまヒットしたページで多くのことを学ぶことがたびたびありますし、その著者に直接メールで感想を述べることができます。気の合うものどおしのコミュニケーションでは多くのことを学ぶことができます。私も気の合うネット友達とは一日にメールが5往復するようなことがたびたびあります。また英語を使えば世界中の人々とのコミュニケーションも可能となります。それらの人々とのコミュニケーションによって多くの文化に簡単に触れ合うことができます。メーリングリストなどをとおして様々な人々と意見の交換する場面がありますが顔の見えないコミュニケーションでは相手の立場を思いやることがとても大切です。
インターネット上には様々な有用なページがあり、ほとんどが無料で提供されています。ただ一方的に受けるだけではなく、自らも何らかの有用な情報を発信するギブ&テイクの精神がとても大切です。検索エンジンに慣れてくると自分の興味のある分野でどんなページがあり、どんなページが未だないかを解るようになります。そこにない情報を自ら発信することは社会的にも極めて有用です。