幕末の日本と今の日本
2004/01/29


百匹目の猿はいつ生まれるか?

はじめに

幕末の日本と今の日本を比べてみると、いろいろおもしろいことに気づかされる。明治維新というのは2000年もの日本の歴史の中でも数少ない変革の時代であった。しかし、これから起ころうとしている変革はおそらくそれ以上の大きな変革になるように思えてしかたがない。

立場の違い?

どんな時代においても歴史を創るのは人々であり、同じ出来事を見ても人によって感想は違うし、取る行動もまちまちである。明治維新の始まりをいつとするかには諸説あると思うが、仮に1853年のペリー来航だとした時、それに対する反応がそれぞれの人のその後を決定したように思える。当時は攘夷だとか開国だと言われたものだが、その人の教養や知識の違いによって同じ攘夷を唱えていても実際の立場は随分と違うこともあったように思う。例えば吉田松陰は外国の文化に大きな興味を抱き、渡航を試みるが失敗している。その後、萩の松下村塾において後の長州の攘夷派のリーダーを育てる訳であるが、実際その見識は幕府の開国派であった勝海舟あたりとそれほど隔たりがなかったように思える。

長いものにまかれろ?

当時、長州、薩摩、土佐、水戸藩あたりの下級武士が攘夷を叫び、あるものは脱藩し、京を中心として運動を展開した訳であるが、それらの志士というのは各藩の中で割合的にはごく一部であったのではないかと思う。(※このあたりのことは検証する必要を感じています。)今の日本を見ていても解るように大多数の人間が大変革期にあってもそのような歴史の舞台でも変化を実感として捉えることができず、日常に流されていたのではないでしょうか?新撰組とて例外でなく、単に多摩の百姓の小倅が武士に取り立てられたのがうれしくて手柄を立てたいというエゴ心から出た行動がたまたま歴史を動かしたのだと思う。当時の感覚からすれば攘夷というのは今で言えば宇宙人に対する恐れと似たようなものであったと思う。それでもまだ恐れをもっていたのは比較的敏感な人間であり、大多数の人間が安穏に構えていて、たとえ外国人が攻めてきても鎌倉時代における元寇のように神風が吹くと思っていたのではないだろうか?彼らにとって幕府と藩こそがすべてであって、それは永遠に続く秩序そのものだと感じていたのであろう。武士の子は武士、百姓の子は百姓という300年にもわたる歴史の事実の中で永遠に続くと思われたとしてもなんら不思議ではない。経済成長や資本主義がずっと続くと思っている現代の人間も同じようなものである。

グローバル経済の正体とは?

バブルがはじけて10年以上も経つのに多くの人々は景気はいつかは回復するものだと思わされている。今の高校生なんかでは生まれてこのかた好景気な時を経験したことはないのだ。彼らは景気循環なんかを経験していない世代なのです。その彼らにもうすぐ景気が回復するのだと本当に説明できる教師なんてとてもいると思えないし、ましてや今の経済の本質を説明できる教師なんて皆無に等しいのではないかとさえ思う。大変革期にあっても歴史の大きな流れを見ようとせず、ただひたすらお家大事とその存命を願っていた当時の多くの保守的な武士と重なって見えてしまう。

歴史の波

幕末においては幕府勢力と反幕府勢力が綱引きをしていたような感がある。安政の大獄に対して桜田門外の変が起こる。寺田屋事件で弾圧があったかと思うと今度は長州が攘夷を決行する。七卿落ちがあったかと思うと禁門の変で仕返しがなされる。それらの時代の変化の中で綱引きに加わる人間が増えて、その振幅が大きくなったのだ。鳥羽伏見の戦いで官軍が勝ち、江戸城が無血開城になった時点でさえまだ多くの人が藩は永遠に続くと思っていたようなところがあります。歴史の教科書では過去の節目ははっきりしていて、明らかに大政奉還した時点で徳川幕府は終わりを告げるのであるが当時としては延命のための策略という面があったため当時の人には(現在の多くの人にも)なかなか理解できるものではなかったのだと思います。

歴史は後からでないと解らない

明治の世になり、版籍奉還、廃藩置県、と続くなかで既得権益を持っていた武士階級からそれらが剥奪され、10年ほど経たころにやっと歴史の変化を痛感したのではないでしょうか?つまりペリーが来てから25年経ってやっと歴史の変化という現実に向かわざるを得なくなった人がものすごく居たのではないかと思うのです。どうも今の状況と照らし合わせて見ると納得できます。仮にグローバル化が始まった年をペリー来航の年として比較しますとさしずめ今年あたりは禁門の変があった年(1864年)になります。ということはあと4年で秩序が変わり、あと13年でそれをほとんどの人が認識できるようになるということだと思います。

未来への希望

坂本龍馬はピストルを愛用し、船に憧れて海を目指しました。私にとってのピストルはUSBフラッシュメモリであり、船はインターネットだと思います。それらに素晴らしい未来への可能性を感じています。龍馬は未来を見る目を持っていたので船に憧れたのだと思います。本来知的な職業であるべき教師がそういうものに興味を持たず、井の中の蛙としてまるで牢番のごとき役割を演じることで民間ではとても考えられない高給をあたりまえと思っている姿は昔の保守的な武士に通じるものがあります。そういうものに興味を持たない人は13年たってやっと自分たちが如何に甘い汁を、そうとも知らずぬくぬくと吸っていたことを知るようになると思います。もうそういう人たちに腹を立てたり、うらやましく思ったりするのは辞めにしたいと思います。

年表

単純に比較できるものではありませんが大地震の年を揃えてみました。

  幕末の出来事   現代の出来事
1853 ペリー来航 1993 細川内閣発足
1855 安政大地震 1995 阪神大震災
1858 安政の大獄 1998 小渕内閣発足
1860 桜田門外の変 2000 森内閣発足
1862 寺田屋事件 2002 アフガン戦争
1863 長州攘夷の決行 2003 イラク戦争 有事法制可決
1864 禁門の変 2004  
1866 薩長同盟 第2次征長 2006  
1867 大政奉還 王政復古 2007  
1868 戊申戦争 明治へ改元 2008  
1877 不満武士の反乱 2017  

 


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鶏インフルエンザについて
2004/03/04


とんでもないことが起きている!

問題の本質は?

鶏インフルエンザの世界的流行とそれに対するメディアの報道を見ているとま ったく本質に触れられていないことに愕然とします。何か渡り鳥がウィルスを 運んで来たのが原因であるかの報道がされています。世界的にこういう病気が 蔓延するということはそれだけ飼料の質が低下していることが根本的な原因だ と思います。特に遺伝子組替えによる「とうもろこし」がどうも怪しいように 思います。今のメディアは対米追随の小泉内閣をよいしょすることしかできな いので、こういう人類の未来にとって大事なことに対して何も問題提起すらで きない状況になっています。もうこんな状況を放っていると次は人間の大量死 さえ始まる可能性さえあります。(多分SARSも根は同じだと思います。)肉食 というものが世界中の飢餓の原因になっていることをもっと多くの人々に呼び かけるチャンスだと思います。以下のページをぜひお読みください。 http://www.asyura2.com/0401/health8/msg/114.html 遺伝子組み換え食品というのはまるで劣化ウラン弾のごときアメリカの産んだ 最悪の負の産物だと思います。エゴに染まった人間たちの野望をくじいてい かないととんでもないことが起こると思います。

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